小説 聖籠庵 保徳編

聖籠庵 保徳編 ~青の電灯~

風の強い夜。

商業ビルが立ち並ぶ通りの一角の、他と違いがない普通の灰色の建物。保徳(ヤスノリ)は紺色の着物の裾を抑えつつ、風に耐える。コンクリートむき出しの階段を昇る。途中、何人かの人とすれ違う。保徳にはかすかに聞こえる、ひそひそ話。


「おい、見ろよ。一之宮(イチノミヤ)だぜ」

「うわ、マジかよ。噂どおり、愛想のないヤツ」

「一之宮って、エゲツナイ客ばっかり相手してるらしいしよ。人間じゃねぇ」


自分と同じ年齢程度の若い男たち。保徳は無表情で階段をあがる。3階の扉をあける。ソファがふたつ、デスクがひとつ置いてあるだけの殺風景な一室。部屋のなかは、タバコの煙が文字通り、もうもうと舞い上がっていた。茶色いソファのひとつに座る細い男性。床に置かれた灰皿には、山のように押しつぶされたタバコ。

男性と保徳。部屋には2人しかいない。


「この1週間、音信不通。雇われてる身でいい度胸だな。保徳」

「・・・ユキさん」


何も言えずにうつむく保徳の腕を、ユキが自分のもとに引き寄せる。細いといっても、相手は立派な成人男性。驚いた保徳は、気づけはユキの目の前まで近づいていた。つりあがったユキの瞳が不敵に笑う。戸惑う保徳の頬の横を、火のついたタバコが横切る。


「この白い肌に、ヤキ入れたいっていう客が来てたぞ。ほんとにおまえは、客にモテルな」

「ッ・・・・やめてください、ユキさん。それに、変な癖のある客を押し付けてくるのは、ユキさんじゃないですか」

「なに言ってる。おまえが、とにかく金が欲しいっていうから、奮発して払う客を回してやってるんだ。感謝しろ」


また、くすりと笑うとユキは、保徳の腕をはなす。はなされた身体から、さっと離れると保徳は安堵のため息をつく。


「今日は何しに来たんだ、保徳。客なら、前もって言ってもらわないと困るぞ」

「僕、今まで以上に金が要るんです。もっと、・・・もっと金を払う客を紹介してください」

「・・・・・バカなヤツ。ほんきで死ぬぞ」

「いいんです。金が稼げるなら」

「なんで、そんなに金が要るんだ。いっておくが、おまえはうちでも一番の稼ぎ頭だぞ。だから、一週間の間、顔を見せなくてもほおっておいてやった。ちゃんと理由が言えないなら、客はまわせない」

「それは・・・・」


部屋にまた、静寂が戻る。その静寂は、ユキが取り出した紙がうちやぶる。


「なんですか、それ」

「頭使いな、保徳。それとも字も読めないのか」


保徳が渡された紙の内容を読み取る。蒼白の表情。何度も読み返せども、内容は同じ。信じられないがそれが事実。顔をあげれば、ユキが真剣な眼差しで、保徳を射抜いていた。


「どういうことですか。・・・・・解雇って・・・」

「見たまんまさ。おまえは、明日からここの従業員じゃない。良かったな、大っ嫌いなオレから離れられて」

「どうして。どうしてですか!ユキさん、今がた言ったじゃないですか!僕が一番の稼ぎ頭だって!そんな、僕に・・・・・・ユキ、さん」

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聖籠庵 保徳編 第5話

そんなこんなで、僕の背中にはベロベロに酔ったバカ伸太(シンタ)。ミセからは追い出されるように、見送られ、本当に僕はこのミセの社長なのか、と不審になりつつ歩いているわけだ。伸太を担いでると言っても、コイツのほうが足長。担いでいても足がつきそうだ。


「にゃ~ん、にゃん。保徳(ヤスノリ)ちゃ~ん、にゃんこ、にゃんこ」

「おい、伸太。おまえ、自分で歩けよ。どうして、僕が背負わなきゃならないんだ」

「にゃんこ、にゃん、にゃんvv」


相当酒が入っているせいか、機嫌よさげ。途中で拾ったネコじゃらし片手に、自作の歌を披露してくれている。それに、千さんも千さんだ。自分の孫だっていうのに、自分が車で帰り、孫は僕に押し付けてくれた。背中の伸太を背負いなおして、前の角を曲がる。ペシリと当たるネコじゃらし。


「にゃ~に、保徳ちゃん。行くとこ、まちぎゃえてにゃ~い?」

「はあ?ちゃんと話せよ。酒くさ!道はまちがってないよ。ちゃんとおまえのマンションに向かってる」

「だめ、にゃめ。今日は保徳の家に泊まるぅ~」


えへへ、とのんきに笑いながら、僕の首にぎゅっと掴まってくる。いつも以上のベタベタ度のうえ、酒の匂いが漂ってくるのに、うんざりする。


「千さんも、ありえないよな。寝こけてたくせに、道路歩いていたらいきなり車で通り過ぎていくんだもん。ほんっと、ビックリ。なにが孫を頼んだぞぉ~っだ!伸太も相当、末期な性格してるけど頼むから千さんみたいにはならな・・・・うぐっ!」


急に背中が軽くなったと思うと、口元を手のひらで塞がれ路地裏に連れ込まれた。なんだ?なんで、こんなとこに。というか伸太はどこに行ったんだ?状況を把握できていないのに、じっとなんてしてられない。とりあえず、じたばたして相手の顔を拝んでやる!


「ちょっ・・・静かにしろよ、保徳!」

「・・・・・・・・伸太?」


見上げた背の高いバカは、まさしくも間違いなくも幼馴染の伸太。というか、さっきまでヘベレケになっていたヤツが、なんでいきなしこんなことしてくんだよ!だが思っていたよりも、僕を捕まえた伸太は全然ヘベレケでもなく、むしろいつもよりも凛々しく見えるのは気のせいだろうか。大通りのほうを路地の隙間からじっと見つめる伸太にあわせ、僕も同じように伸太の目線の先にあるモノを探す。そして、それを見つけた時、伸太が僕をここに連れ込んだのも、静かにしなきゃいけない訳も大体見当がついた。


「・・・・・・・・刀匠会(トウショウカイ)」


その道は大通りと言っても、僕たちのような裏の人間にとっての大通りで、まぁ野蛮な人たちも大勢いる場所だ。でもそんな、見かけ倒しのゲス共とは違う。本物の暴力団といわれるものの一つが、刀匠会である。全国に支部を持ち、その権威は本物。いくつか暴力団らしき組織はあるものの、彼らはその中でも一流とうたわれる存在だ。そして、この街のどこかに刀匠会の本部があるという、ようは要注意区域というわけ。

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聖籠庵 保徳編 第4話

8月のあたまにしては、サラッとした過ごしやすい陽気。今日も聖籠庵は、その環境に似合わずにぎやかです。よきかな~、よきかな~。


「千(セン)さん、ちょっと良いですか?」

「ん?なんじゃい、保徳(ヤスノリ)」


みんな、にぎやかだなぁ。本当に楽しそうだなぁ。春ウララな夏だなぁ・・・・・・・。


「この眼下の光景は、なんでしょう?」

「ビール瓶の空じゃの。バカにしとるのか、保徳。私はまだまだボケとらんぞ。目もしっかり見えとる」

「・・・・ちなみに、今何時でしょう?」

「1時じゃな」

「ええ・・・・・・・・・・・昼間のね」


って、昼間っからビールがぶ飲みしてんじゃねぇよ!!なんなんだ、この光景は!!まるで、未発見生物にのっとられた映画のワンシーン――――。



それは、ほんの1時間前。自宅でそれはそれは、優雅に1人で昼食をとっていたとき、突然あらわれた我が兄弟、智佳(チカ)と美佳(ミカ)。あわてた様子の2人から事情を聴けば、聖籠庵に泊まりで来ていた千一郎(センイチロウ)さんが急に苦しんで倒れたというのだ。昔から、お世話になっていた千さんの一大事に、未成年者が運転する自動車でかっ飛ばしてミセにつけば・・・・・・。

一歩、大広間に踏み入れば、あちこちに力尽きた聖籠庵の働き手たちと、ちらばる空のビール瓶。たちこめるのは、清潔感のない酒の匂い。魔窟か、ここは?!と目を見開けば、この何とも言えない渦の中心にいる人物を目にとめてしまい。惜しくも知人で。



がぶがぶ酒を飲みつつ、ケロッとしている幼馴染の伸太(シンタ)。そして、その隣には僕を呼び出した原因。ケロッとした、千一郎さん。


「なんで死んでないんだよ」

「なんじゃと、保徳。耳もしっかり聞こえとるぞ」


とりあえず、自分の失言に首を振り、ついでに首にたかるデカイハエも振り払った。後で聞けば、今日は聖籠庵一の酒飲みである玲子(レイコ)が出張。そのせいで、大酒のみの小林家2人組を相手できる者がおらず、次々にダウンしていく従業員を見て急きょ僕を呼ぶことになったらしい。千さんが倒れたというのも、僕を呼びためについた双子の嘘だったらしい。

まぁ、いい。カワイイ弟と妹が困っているときに手を差し伸べるなど当然のことだ。特に、あまり僕に迷惑をかけずに育ってくれた2人からの頼みだ。うん、正直すごくうれしいよ。

でも、この状態。お兄ちゃんにも、ちょい難易度高いねぇ。


「わぁ~い、保徳だぁ!遊ぼ~ぜ~!遊ぼ~ぜ~!」


肩にへばりつく未知の生命体。名前はシンタ。コイツは、いつの日か、宇宙人の生態とか研究してる団体に寄付してやろうと、ひそかにもくろんでいる。

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聖籠庵 保徳編 ~赤い砂漠~

季節は夏。比較的さわやかな8月の始め。

和風の平屋の家では、顔の似た2人の子供たちが肩を並べて昼寝をしている。隙間風の多い和式の部屋では、心地よい風が双子の顔を撫でる。


「保徳ぃ(ヤスノリ)~?遊びに来たぞぉ~!」


間延びした声が玄関から家中へと響く。名前を呼ばれた本人は、双子を起こさないように擦り抜けると、玄関へと急いだ。ガラス引き戸の玄関扉では、幼馴染が文字通り、ニパリと笑って立っている。


「あんまり大声出すなよ、伸太(シンタ)。今、智佳(チカ)と美佳(ミカ)が昼寝してる」

「あら、そうなの?じゃあ、俺たちの天使ちゃんの寝顔でも拝見しようかなぁ」

「顔がキモイ。変態。ロリコン。僕の兄弟に近づくな。バカがうつる」

「んだよ、冷たいなぁ。俺だって2人のお兄ちゃんだぜ?あっ、なんなら保徳ちゃんが俺の相手してくれてもいいけど?」


玄関に置いてあった新聞で一発殴り、身体を寄せてくる伸太の頬をつねる。鼻を鳴らして家の廊下を振り向かずに歩いていく。そんな子供っぽい保徳を微笑まずにはいられない。居間に通されると、そこには確かに愛らしい双子が並んで心地よい寝息をたてていた。


「それで、今日は何しに来たんだ?まさか、本当に遊びに来ただけとか言うなよ」


畳のしかれた居間に置かれている机に手をほおりながら、あぐらをかいてすわる、居間から近い台所で保徳は珍しくお茶の用意をしながら、後手に聞いてくる。しかし、伸太にはその行為が、自分から少しでも離れようとする保徳の逃げのように感じられていた。


「さぁ、どうかなぁ。・・・・・・お前は、どっちがいい?」

「・・・・・・・・・」


保徳は、伸太の前に湯飲みを差し出したところで、湯飲みを持った手首をぐっと掴まれた。反射的に引き戻そうとした手首も、伸太の前ではピクリとも動かない。力の差は歴然だが、精神的な面でも、この状況では保徳のほうが不利のように思えた。『どちらがいい』と聞かれれば、今日のところも明日のところも何も聞かずに帰ってほしい。伸太が聞きたいことは分かりきっている。

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聖籠庵 保徳編 ~緑の水平線~

ずっと振り続けている雨が、少しだけ弱まったころ保徳(ヤスノリ)たちは、自宅に着いた。街中の雑居ビルが立ち並ぶ裏通りに、ビルとビルの間に挟まれた平屋日本家屋。面積もそれほど広くなく、庭はかろうじてある程度。今までは、保徳が1人で住んでいた、この家に今日からは双子の智佳(チカ)と美佳(ミカ)が加わるのだ。


「・・にぃ・・」



保徳の腕に抱きかかえられている美佳が、保徳の着物をぐっと掴む。目元が少しつり上がっている二重の瞳が保徳をじっと見つめ、それは不安の色を漂わす。兄の智佳のほうも全く知らない場所に連れてこられ怖いが、それを隠そうと保徳と繋いだ小さな手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だよ。ここは、僕の家。ちょっとボロだけど・・・・・・・今日からここはお前たちの家でもあるわけ」

「・・・・・僕らの・・い・・え・・・?」

「そうだよ、智佳。だから、怖がらなくてもいいんだよ」


出来る限り優しくそう言うと、保徳は2人の手を握り返し、家の中に入っていく。日本家屋の保徳の家は、引き戸の玄関を開けると、しーんと静まり返っていた。保徳以外だれも住んでいないので、当たり前だが・・・・。


しかし、保徳は玄関の床を見て、舌打ちした。その彼の態度に2人が、またビクリと身体を震わせる。


「あぁ、ごめん。大丈夫、お前たちに怒ったわけじゃないから。・・・・・・・・あいつ、また勝手に上がってるな」


溜め息を付きつつ、木の廊下を抜け、居間の障子を足で軽くあける。


「やっぱり・・・・」


腕の中の美佳を抱きなおし、10畳ばかしの畳部屋で寝転んでいる見知った人物のわき腹を足で蹴りつける。まぬけな顔がコロリと転がるが、起きる気配はない。


「まったく・・・・・何してんだか。智佳、美佳。コイツは放っておいて、お風呂に入ろう。寒くてこのままじゃ、風邪ひいちゃう」

「「お風呂・・」」

「そうそう。お風呂ね」


美佳を下ろすと2人の手を引いて廊下を渡り、檜の風呂に湯をはる。こぎみいいお湯の音が家中に響き、風呂場に白い湯気が立ち込める。その湯気が面白いのか、脱衣所から風呂場を覗いていた子供たちは初めて笑った。


「なんだ・・・・・・2人とも笑えるんだ。くすっ、良かった。ちょっとタオル取ってくるから、ここで待ってるんだよ」

「「あい」」


コクリと頷く。はい、という言葉が言えないことに可愛さを感じ、保徳は1人クスクスッと笑いながら、脱衣所をあとにする。居間に戻ると、まだ寝転がっている幼馴染を横目で見ながら、溜め息をつく。その寝顔は今にも鼻ちょうちんが出てきそうなくらい、気持ちよさそうだ。

居間にある箪笥からタオルと、昔自分が着ていた着物を取り出す。保徳の身体は自然に幼馴染に背を向ける形になる。


「なぁ~に、ニヤニヤしてるのかなぁ?保徳くん?」

「ヒッ!・・・・・・・ちょっ・・・・・伸太(シンタ)!!」


箪笥の引き出しを開けていたところで、急に背中に重みを感じる。続いて、保徳の右耳に生暖かい息がかかり、保徳は声にならない悲鳴をあげた。彼の背中には、さっきまで床で寝ていた幼馴染の小林 伸太が乗っかっていた。


「あ~ん?色気ない悲鳴。もうちょい、可愛い声出せよ。ちょっと残念~」

「ざっ!・・残念で結構!!いいから、離れろ!!いきなり、後ろにたかるな!!」

「はいはい、離れますよ。俺、保徳くんに嫌われるのやだしぃ~」

「もう、十分嫌われてるよ。まったく・・・」


紺色の法被姿の伸太は、しぶしぶ保徳の背中から離れ、床にあぐらをかく。そして、ぶつぶつ言いながら作業を再開した保徳の背中をじっと見つめる。

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聖籠庵 保徳編 第3話

聖籠庵の社長になり、もうずいぶんと長い歳月が流れた。その間、たくさんの問題があったが、今では業界でもトップクラスのミセへと変貌を遂げている。そして、社長である一之宮 保徳(イチノミヤ ヤスノリ)は、数多の人間から恐れられる人物へとなった。

でも、僕は業界でトップになりたくて頑張ったんじゃない。どうしても・・・・・・どうしても守りたいと思ったから。守らなくてはならないと感じたから、今の聖籠庵をつくってきた。

正直、自分のことなんてどうでもいい。もうすでに汚れきった僕に、幸福なんて有難すぎるし、いまさら似合うものでもない。あの子たちは違う。あの子たちには、この世界のどこにもないような幸福を・・・・・。

接客をする廊下から、ひときわ高級感のある階へとあがる。招かれた美佳(ミカ)の部屋は、16階だ。一応、エレベーターもあるのだが、僕はそういった現代機器がどうも苦手で、こうして1人誰もいない階段をあがっている。階段の壁と床は、すべて赤い絨毯式の布が敷かれ、そっと触れると肌触りの良さに安心する。

遊郭・聖籠庵は、表向き料亭の風潮溢れるミセである。ミセの内部は、東棟と西棟に別れ、それぞれ男娼と情婦の仕事場に別れている。20階建ての建物のほとんどが、西棟店主である徳永 玲子(トクナガ レイコ)がデザインしたものだが、とにかく彼女は派手で豪華かつ、日本式が好きなのでそういった条件の下、建設された。例外のおいて、聖籠庵のなかでも幹部は、自分の自室を持っており、その場所は個人のセンスで内装が施されている。

聖籠庵の双子の用心棒の1人であり、僕の妹である一之宮 美佳もその1人である。

16階の廊下は静まりかえり、誰1人として廊下を歩くものはいない。僕以外は。この階は、美佳の兄で僕の弟である、智佳(チカ)と美佳の2人が共有して使っているスペースで、内装はわりと落ち着いたワインレッドで統一されている。部屋はすべて両開きの扉がきちっと閉められている。

美佳の書斎は、1番真ん中の青い扉。

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聖籠庵 保徳編 第2話

月の光が柔らかに障子を通って畳の部屋に差し込む。もともと、この聖籠庵(セイロウアン)には住んでいない僕は、ミセの中にある一室を別荘のようにして使っている。10畳ほどの部屋に男2人が寝る。別に狭くはないが、相手がコイツだと癪にさわる。


「あっ、保徳(ヤスノリ)。布団、1つでいいから」

「・・・・・・・・・・・・お前は、僕に自分の布団だけ出させるつもりか?」


予備用の小さな衣装箪笥の隣にある、押入れから僕が布団を取り出そうとしているところで、伸太(シンタ)が何気なく言った。人に布団を出させておいて、自分はというと畳に胡坐をかいて座り、僕を面白そうに見上げている。


「ううん、違うよ。俺と保徳で、1つ。分かった?」

「わかんねぇよ!だいたい、なんで僕とお前が1つの布団で寝なきゃならないんだよ?!狭いし!僕は嫌だ!」

「えぇ~、昔は別々の布団で寝てても保徳が寂しいからって、俺の布団に入ってきてたのに。あ~あ~、俺寂しいなぁ」

「黙れ!そして黙れ!・・・・・・・・・いつの話だよ。まったく」


押入れから、もちろん2つの布団を出す。一緒の部屋で寝るのを許してやっただけでも、名誉なことなのに、何で一緒の布団で寝なきゃならない。ちらりと隣を見ると、先に出した布団の上ではすでにヤツがゴロゴロと転がっている。


「なぁなぁ、保徳ぃ~?」

「なんだよ?っていうか、お前も着替えろ。そのまま、寝るつもりか?」

「まだ・・・・・駄目なのか?」

「は?なにが?・・・・・・伸太?」


急に物静かに話し出した伸太。布団に突っ伏したままのヤツの顔はうかがえない。けど、なんだか様子が・・・・変だ。あれ?この感覚、前にも体験したことのあるような・・・・・。


「な~んてな!よぉし、今日は久しぶりに保徳と寝るぞぉ!」

「は?おまっ、何言って。っつか、さっきのは・・・」

「はあ?さっきのって?ほらほら、さっさと俺に布団ひいてくれよ、保徳」

「だったら、自分でひけっつの!!」

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聖籠庵 保徳編 第1話

「・・・・・のり・・・保徳(ヤスノリ)!保徳!!」


僕はそこで自分の名前を呼ぶ声に、ハッと現実に戻された。


今は、聖籠庵(セイロウアン)に新人の伊月(イツキ)が来たことでの祝いの席だ。今日は営業も休みで聖籠庵の建物で1番広い大広間で、娼婦も男娼も関係なく宴を楽しんでいる。広間には三味線などの楽器が明るい音色で場を盛り上げ、何人かの余興に大勢の人々が大笑いをする。

そして、広間の1番奥で座っている社長の僕。その隣で、大声で名前を呼んだのが幼馴染の小林 伸太(コバヤシ シンタ)。


「・・・あ・・・あぁ、伸太か。なに?耳元で大声ださないでよ」

「あのなぁ、何度呼んでも応えない保徳が悪いんだぞ。なんだよ、ぼぉーっとして。せっかくの祝いの席なのに」


返事をしない僕に機嫌を損ねたらしく、いい年した男が頬を膨らませる。伸太は昔からそうだ。何歳になっても子供っぽい性格で、それが似合ってしまうところが不思議。しかし、身長は180センチもあるのに痩せ型で、黒髪がよく似合うような、身体だけが大人になったようなヤツだ。


「ほら、また!ぼぉーっとして。まぁ、確かに、俺のことを見惚れてしまって、っていうのは分かるけど」

「誰が、お前に見惚れるか!バカが!」

「イテッ!叩くなよぉ。俺はこんなに保徳くんをアイシテルのに・・」

確かに握りしめた拳で額を叩かれれば多少は痛いかもしれないが、このアホな男にはこれくらいがちょうど良い。ふざけた口調で、めそめそと泣くふりをする。何が、『アイシテル』だ。意味不明なことを。


「僕の隣で、イジイジするな。ぼぉーっとしてたのは、ちょっと昔のこと思い出してただけ」

「昔のこと?あぁ、俺と保徳のデ・ア・イ?そこで、保徳は俺に惚れちゃったんだよねぇ」

「・・・・・・お前、いい加減その話題から離れないと、張り倒すぞ」

「で?昔のことって何だっけ?」


自分がピンチになると、ケロッと話題を変える。こういうところが、伸太がこの業界で暮らしていける秘訣なのかもしれない。それと、言っておくが僕は決して間違っても、伸太に惚れたりしてない・・・・。


「ったく。出会いは出会いでも、智佳(チカ)と美佳(ミカ)のことだよ。なんか、急に思い出した」

「あぁ、あの雨の日の・・・・。あの時は、お前が2人を拾ってきてビックリしたよ。しかも、僕が育てる、とか言い出すし」

「しかたないだろ?その時は、とっさにそう思ったんだ。・・・・・・・それに、今この聖籠庵があるのも、あの子達と出会ったからさ」


日本酒の入った透明なグラスを口に運ぶ。ちょうど、舞台では踊り用の衣装を着た美香が得意の剣舞を披露するところだった。江戸時代のめ組のようなハッピのような服装で、あぐらで座りなおした伸太が残り少なくなったグラスに、日本酒をつぎ込む。

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聖籠庵 保徳編 ~黒い湖~

その日は昨日の晩からの雨が、ずっと降り続けている・・・・・・・・そんな日だった。

昼の零時を過ぎたころだというのに、町はどんよりと暗い。9月の雨はいつも以上に冷たく感じられ、アスファルトで固められた道路にはところどころ水溜りが出来ていた。


「・・・・・・・・・寒い・・」


1人、曇った空を見上げた保徳(ヤスノリ)は呟く。家柄上、もともと普段から着物を身に着けている保徳は、今灰色の安っぽい着物を着ていた。冷たく痛い雨を避けるための傘も持っていない。




今日は、朝から客のところに呼び出された。いつものことだ。朝なのに化粧で塗りたくった顔が、保徳を迎え入れ、求められる。そのあと、もう一件の家に行く。今度は男。


今、やっと開放され、今日はこのまま家に帰るつもりだ。保徳は生まれつき色素が薄く、髪の毛は外人のように薄い銀色、肌は白く、瞳は茶色い。そのうえ、顔つきが童顔ときたものだ。保徳は、自分の顔が嫌いだった。しかし、人はそれをキレイだという。


「・・・・・・・お昼、食べなきゃ。・・・・・・・・このまま、食べなきゃ死ぬのかな?」


舌打ち。自分で言ってしまった言葉に、現実性がないことに自分で嫌気がさす。そんなこと、これっぽっちも思ってはいない。自分は生きなければ。・・・・・・・・だから、金がいる。

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