小説 聖籠庵 伊月編

聖籠庵 伊月編 第4話

この遊郭・聖籠庵(セイロウアン)の社長。怪しげなミセの当主だ。絶対に強面の、刺青とかバンバンいれちゃってるような、怖いオヤジ。俺は勝手に、そんな想像を膨らませていた。・・・・・・そう、勝手にだ。

こんなにも肩書と容姿が合わない人間がいるのか。こんなこと久しぶりに思った。

人は見かけで判断してはいけない、と。






俺たちが1階の大きな正面玄関についたころには、そこは大きな人だかりが出来ていた。みんな、この聖籠庵で働く人々。口々に何かを話しているが、内容は聞こえない。音葉(オトハ)が俺を引き連れてくると、ほとんどの人たちが俺のことを見る。俺も俺で、音葉に引っ張られながら、この異様なミセの住人たちの顔を確かめる。

そんな中でもひときわ、目を引いた人が2人。1人は紫色の着物を着て、かなり背が高い。すらっとした冷たい顔と上から見ている鋭い眼。一瞬、俺を目があったが、向こうは興味なさげに目をそらされた。もう1人は、さっきの目のきつい人とは正反対。ふんわりとしたマロンブラウンの髪。少し音葉と雰囲気が似ているが、この人のほうが大人の可愛らしさといおうか、そんな感覚に受け取れた。

もっとよく見ようと背を伸ばすと、それは音葉の手を引っ張る勢いに負け、気がついたころには俺たちは、人だかりの1番前まで来ていた。1番前には、さっき会った玲子さん(レイコ)やイケスカない神崎(カンザキ)店主もいる。玄関扉の隣で、1人の番頭がみんなに聞こえるように大きく声を張り上げた。


「みなさま!たった今、当聖籠庵社長、一之宮 保徳さま(イチノミヤ ヤスノリ)がご来店されました!!社長、こちらへどうぞ!!」


みんなに見られてド派手な登場をした社長。きっとキツイ顔のおっさんだと、思っていた。なのに・・・・・誰、あれ?


「やぁ、みんな、こんばんは。元気にしてた?」

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聖籠庵 伊月編 第3話

俺、主藤 晃樹(スドウ アキ)は、今とんでもないところに売られてきた。いや、今の俺は『晃樹』じゃない。『伊月(イツキ)』だ。俺にとって今まで映画やドラマの世界でしかなかった世界が、今、目の前に広がっている。

20階建ての純和風屋敷。
ほとんどの壁が淡い金色で塗られ、襖は真っ赤な赤に火の鳥や月が描かれている。1階には小川が流れ、池には錦鯉がゆうゆうと泳ぎ、それを跨いだいくつもの橋を忙しき着物を着た人間たちが渡り歩く。15階までが吹き抜けになっているので、下にいる人間たちの動くさまがよく分かる。



「ここは料亭として使われてる階なんだよ」


学ラン姿でいかにも場違いな俺の隣を、藍色の安そうな着物を着て歩いているのは、音葉(オトハ)だ。さっき態度のデカイ店主の部屋で出会ったばかりで、俺の指導係りになってくれている。あの店主はいけ好かないが、音葉は傍にいるだけで何だか、ふんわりとした気分になる。


「なぁ、さっき俺と一緒に来たじいさんが言ってたけど、このミセってそんなに有名なのか?」

「それって千一郎(センイチロウ)さまのこと?」

「あ~・・・・うん。たぶん」


男なのに女みたいに美人な音葉がクスリと笑った。音葉がいうには、音葉は俺より2つも上らしい。とても、そんなふうに見えない。だいたい、こんなキレイな顔したヤツが、どうしてこんな世界に入ってきたのか全くわからない。


「僕、思ってたんだけど、伊月って本当に運がいいよ」

「あ?なんで?」

「だって最近じゃ、千一郎さまが人を買うなんてほとんどないんだよ。昔はそういう仕事ばっかりしてたらしいんだけど、最近じゃ本当に気に入った子しか買わないんだって。千一郎さまって誰かを買ったら、必ずこの聖籠庵(セイロウアン)に売りに来られるんだ」

「ふ~ん。でも、いくらこのミセだって、結局はヤバイとこなんだろ?なんで、運がいいんだよ?」


周りを見渡すと、音葉と同じような着物を着た人たちが掃除したり、何かを運んだりして忙しくしている。時折、こんな姿の俺が珍しいのかチラチラ見ていくヤツらもいる。でも、1番驚いたのが、そいつらの顔だ。ほとんどのヤツらが、音葉みたいに美人ぞろい。もちろん、みんな若い男。


「う~ん。伊月は、まだここに来たばっかりだから分からないかもしれないけど。聖籠庵みたいな仕事をしている他のミセと、ここじゃ全然ちがうよ。ここはね、ちゃんと僕たちを人として見てくれる。感情も疲労も感じる1人の人間だって・・・・」

「他のミセって、どんなのなんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


何気なく質問すると、前を歩いていた音葉が急に立ち止まった。余所見をしていた俺は、俺より少し背の高い音葉の背中に額をぶつけた。額をさすりながら、音葉を見あがると、こちらを向いた音葉の顔が一瞬曇ったあと、またニコリと笑いかけた。


「伊月って、キレイな顔してるよねぇ」

「はあ?!」


突然、なんなんだ?完璧に俺の質問、無視しやがって。しかも、しらじらしい。怪しいなんて、もんじゃないほど怪しい音葉を軽く睨む。

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聖籠庵 伊月編 第2話

カーテンからさす夏の強い朝日。目が覚めたのは、朝の6時。泣きつかれた晃樹(アキ)は2時間だけ眠っていた。

眠い目をこすり、台所に行くと母親が朝ごはんを作っていた。起きてきた晃樹に気が付くと母は、「おはよう」と笑顔で答えてくれる。いつも変わらない日常に涙がでそうになった。

しかし、机に置きっぱなしの借用書が現実を語っていた。食卓に和風の朝食を用意してくれた母の目にも、だんだんと涙があふれていく。


「・・・・・なんで・・・・なんでこんなことに・・・・・・あき・・・晃樹・・・」

「お袋・・・・・・泣くなよ。しかたないことなんだ。・・・・・・・・・あの親父がこんなことしてたなんて今でも信じられないけど、あんな親父だからこそ、最後くらい我が侭聞いてやろう。な?」

「・・・・そんな・・・・・どうして・・・・・どうして?・・・・」

「・・・・・・お袋・・・」


無言の朝食。いつもは執拗以上に話をする母親。今は、涙で朝食をちゃんと食べることもままならない。うっとおしいと思っていた母親が、今では懐かしく、邪険にしたことを悔やんだ。

ちょうど、朝食を食べ終わった後、アパートの外から車のクラクションが聞こえてきた。ベランダから見ると、昨日の老人が見上げて、手招きをしていた。

そうだ、俺はあの老人に買われたのだと。胸がぎゅうっと苦しくなる。整理しておいた荷物を持って、玄関に向かう。


「お袋、泣くなって。また、会えるだろ?会いに来るから、さ。うん」

「えぇ・・・・えぇ・・・・わかってるのよ。わかってるの。私の息子ですもの。り・・・・立派な・・・・・私の・・・」


自分に言い聞かせるかのような母親の言葉に、心が痛んだ。


「お袋・・・・・1つだけ、お願いがあるんだ」

「・・・・なぁに?晃樹、何でも言ってちょうだい」

「・・・・・うん・・・・・・・みりあには、さ。・・・・このこと言わないでほしいんだ。みりあが聞いてきたら、家出したって言っておいて」

「えっ?・・・・で・・・でも、みりあちゃんに・・・・・そんな・・・」

「いいんだ。・・・・・・いいんだよ、これで」


母親の次の言葉を聞く前に、自分から家を飛び出した。アパートの階段を夢中で走り降りた。涙が横向きに流れたが、気にもしない。頭の中に、最後の涙の母親と友人たちの顔・・・・・・・・・・・・・・・・・愛しい、みりあの笑顔が繊細にあふれていた。

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聖籠庵 伊月編 第1話

青い、青い・・・・・・空だ。

高校の屋上に寝転ぶと見えるのは、一面の空。晃樹(アキ)は、この場所が好きだ。ココが都会のど真ん中だということも忘れさせてくれる。


「・・・・・・・青いなぁ~~・・・・・・・・」

「どうしたんですか?センパイ?」


寝転んでいた晃樹が屋上の階段のほうに顔を向けると、そこには愛しい彼女が。高校2年の晃樹よりも1つ年下の峠谷 みりあ(トウゲタニ ミリア)である。みりあは、晃樹が寝転んでいる隣に腰をおろす。フワリとしたスカートが風にまった。


「・・・・・みりあ・・・。いま、授業中だろ?」

「それを言うなら、晃樹センパイだって同じでしょ?」


2人は同じように笑った。晃樹はこうして、みりあと一緒にいる瞬間も好きだった。彼女がいると嫌なことは忘れて、自分が幸せだと感じる。幸せを噛み締めながら、晃樹の視線はまた大空へともどる。雲ひとつない梅雨明けの空だ。


「本当に、キレイな青だなぁ」

「もう夏休みですからね。センパイは、夏休み予定とかあるんですか?」

「予定なぁ。浩二たちとカラオケ行くくらいで・・・・・・・・はっきりとは決まってないなぁ」

「ホント?!だったら、あたしと海行きません?!」


背が小さくて、瞳もクリクリよ大きいみりあを見ると、何があっても守ってやりなくなる。上半身をおこして、必死に提案をするみりあの髪をなでた。愛しくてたまらないと・・・・・・。


「海かぁ・・・・・・いいなぁ、海」

「でしょ、でしょ?!絶対に楽しいですって!!あたし、海大好きなんです!!」

「あ~・・・・・・でも、2人だけで行こうな。あっ、もちろん泊まりだから」


にやりとした晃樹にみりあは、その言葉の意味を察するとたちまち顔を真っ赤にする。そんな愛らしいみりあの額にキスをすると、さらに彼女を赤くさせるのだった。




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