小説 その瞳に映るモノ

その瞳に映るモノ 第5話-①

私が通う大川高校のあまり使われない校舎、つまり専門教室が密集した校舎には普段でも人影が少ない。そのうえ、今日は一学期期末試験最終日。いつも以上に人はいない。


ザザアアアァァァァ


その校舎にある女子トイレに私はいた。もちろん、私以外は誰もいない。洗面台のひとつには出しっぱなしの水が大きな音をたてて流れ落ちる。白い手すりに手を置いた私の手も、流れる水しぶきが濡らしていく。私の目は、ただひたすら流れ出る水を見ていた。


ザザザアアアアァァァ


『サキちゃん、すごいね!また、100点!すごいね!』
『そんなことないよ。メイは、どうだったの?』
『う~ん。またね・・・点数悪かったの。どうしよう、お母さんに怒られるかな?』
『大丈夫だよ。メイ、頑張ったんでしょ?頑張ったのに、お母さん怒ったことあった?』
『・・・ん~、ない!ないよ、サキちゃん!良かったぁ。頑張ったから、お母さん怒らないよね!』
『そうだよ。・・・・・メイのことは絶対に怒らないよ』



水が奏でる不規則な音のなか、昔むかしの古い記憶が聞こえてくる。現実という言葉をはじめて意識し始めた、あのころ。


ザザザアアアアァァァ


『どうしたの、メイ?こんな家の倉庫まで連れてきて。様子も少し変だし。熱でも出たの?』
『ううん、違うの。あのね、サキちゃん。あたし・・・・』
『うん?どうしたの?メイ』
『・・あのね。あたし、サトシと付き合うことになったの!』
『え?・・・・・・・・あ、そう。それは・・お、おめでとう。うん、すごいじゃない。良かったね、メイ』
『うん!ほんと!あぁ~、よかった。サキちゃんにいつ言おうがずっと迷ってたんだ。これですっきり!応援してね。サキちゃん!』
『ええ、もちろん。応援してるわ、メイ。たった一人の姉妹だもの』



自分の立ち位置をようやく理解したころ。私は自分の生き方を思い知らされた。生きるためには、すべてを見過ごすしかない。私は何に対しても意見してはいけない、自分の望みを言ってはならない。


ザザザアアアアァァァ


でも、本当は私だって・・・・。


ザザザアアアアァァァ


『サキ、よく考えてみろ。お前にだって選択肢はあるだろ・・・・・お前が自分で選べ』


嗅ぎなれた煙草の匂いと、煙。ゴミ箱のなかの銀色の指輪。


ザザザアアアアァァァ


「それ、楽しいのか?」
「・・・・・・・佐藤先輩」

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その瞳に映るモノ 第4話-③

本来、高校生たるもの日曜日には遊びに行かなければならないという世の中で、俺はなぜか今、女の腕をとって自宅へと帰ったところだった。それも、相手はねっとりとした色気を醸し出すお姉さんでもなく、かといって遊びたい盛りのキャピキャピの女の子でもない。しかも、真っ昼間で相手は今にも泣き崩れそうに涙を流す、いかにも俺みたいな男にとってはめんどうくさそう優等生の女。

せめてこれが、妹のメイちゃんだったら・・・。少し前までなら、そう思っていたのに。思っていたはずなのに・・・。どうしちまったんだ、俺は?


「はぁ・・・」
「・・ぁ・・あの、先輩。私、やっぱり」
「いいから、入れよ」



俺に痕が残るんじゃないかってくらい強く腕を握られていた牧原サキは、さっきからのちょっとした俺の態度にいつも以上にビクビクしてやがる。そんな情けない態度にイライラして、何度も舌打ちを繰り返すのだが、本心では今の状況を作り出した自分へのため息が繰り返されていた。また、これだ。最近になって気づく、牧原といるときの『気がついたら、こうしてた』の行動。無意識のうちに牧原に対して行っている行動であって、同時に俺自身の気に入らない行動でもあった・・はず、だろ?


「私、本当にもう大丈夫なんで・・」
「そこらへん、座ってろ」
「・・ぁ・・・・はい」



やっとこさ止まりかけている涙を拭いながら、この場をどうにかして帰ろうと言い訳する牧原の言葉を無視して、いつもの命令口調で言ってやれば、牧原の方もやっと観念したように静かになった。そして、ほぼ初めて来るであろう他人の男の部屋を、そわそわと落ち着きなく見渡す。だけどさ、男の一人暮らしなんざ、基本的に必要最低限の物しか置いてない。インテリアらしいものと言えば、ここに引っ越してきた時に荷物整理を手伝った姉貴が、勝手に飾り付けたものが少し。俺が台所に言っている間、そんな質素な面白味もない部屋で一枚の写真に目を止めていた。


「これ・・・・・ご家族の写真ですか?」
「ああ?・・あ~、それな。うん、まぁ」
「素敵な写真ですね」


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その瞳に映るモノ 第4話-②

メイに誘われて来た遊園地。見上げた空は、この上なく青くて透き通っているけれど、私の心は晴れないままだった。初めて乗った観覧車から降りて、お昼時ということで遊園地内のファーストフード店でお昼御飯を食べた。いつもの町を出て久しぶりに海を見たりして、少しばかり昔のことを思い出したりしたせいで、私の心のなかは複雑に入り混じっていた。


「あたし、トイレ行ってくるね」

「んじゃあ、俺も一緒に行くよ」


メイと佐藤先輩がトイレに行ったので、私とサトシはベンチで待っていることにした。良く考えれば、こんなふうにサトシと2人でいるのは、かなり久しぶりなんじゃないだろうか。ベンチの隣に座ったサトシの優しそうな横顔を、瞳だけで横目見た。


「はは・・・・メイってホント、いつになっても子供だよな。ま、それに振り回される俺も、俺だけどさ」

「それでも好きなんでしょ、メイのこと?それに・・・・最近のメイ、サトシの前だと女の顔するようになった・・」


あははっ、と笑ったサトシが私の言葉に、きょとんとした顔を向ける。その顔は昔から、誰かに自分の知らない難しい言葉を言われた時の、子供びた表情。そして、決まったこのあと、自分の知らないことに対してムッとした顔をする。


「メイが?どこがだよ?いつまでたっても、子供だぜ?この前なんて、中学生に間違えられてたし」

「クス・・・とか言って、気づいてるでしょ?たまにメイが色っぽい顔するの」

「なっ!・・・いや、ぁの・・・・そ・・それは・・サキ!」


顔を真っ赤にして、あたふたするサトシが可笑しくて、また笑ってしまった。今いったことは本当のこと。高校生になってから、可愛いだけじゃなくて、たまにだけど色っぽい女の顔をするようになった。ずっと羨ましかったメイの可愛らしさ、誰もがモテはやして好きになってくれる愛らしさに、初めて女の顔を見たときは愕然とした。あぁ、また私はメイに離されていくんだ。そう思って流れない涙を流したんだ。


「・・そういうサキだって、最近変わったじゃないか。ここ一週間あたり?なんか、色っぽいっていうか、切ない女の顔っていうか。うん、たまにビックリするくらい見惚れる時があるんだなぁ、まるで別人みたいに」

「・・・・・・・・・それ、本気?」

「え?あ~、うん、わりと本気だけど?」

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その瞳に映るモノ 第4話-①

なんの因果か、今日は眩しいほどの晴天だ。天候までもがメイの喜びを分かち合っているような。いや、もしかするとこれは、私への天罰の予兆なのかもしれない。ほら、悪魔は太陽の光が苦手なんでしょう?私は牧原メイという美しい天使と似せて創られた紛い物で、それに気づかず本物の天使に近づこうとして堕ちた、堕天使なのだから。


「ダメだな。・・・・朝から、こんな考えじゃ」


だるい身体をベッドから引きずり起こし、窓から発せられる天の光に心臓を押えた。寝不足。・・・そんな淡い言葉じゃない。メイが私やサトシ、そしてあの佐藤スグル先輩までもを遊園地に誘ってから2日。その日を考えると頭がグルグルと回転して、要らないことばかり考えて、目の瞳孔は開いたままに、横になっても少しも眠ることは出来なかった。

そして、今日が日曜日。遊園地に行く日だ。

なにを恐れているんだろう。最近はメイもさすがに1人で寝るようになって、なんとか私も寝れるようになったのに、この2日は病気が甦ったみたいに一睡も出来なかった。たしかに今までメイとサトシのデートに付き合ったことは、当たり前だけど、ない。何度かメイに誘われたけれど全て断った。だって嬉しそうに誘うメイの隣で、複雑な顔をしながらこちらを見ているサトシを見ると、誘いに乗ることなんて出来なかった。

まぁ、他にも理由はあるのだけれど。


「サキちゃ~ん!!行くよぉ!準備できた?!」

「ぁ・・・うん、今行く!」


こんなふうに自分でいろいろクダラナイことを考えているうちに、サトシを入れた私たち3人は隣町の遊園地へと向かって電車に乗ってる。毎日何時でも笑顔でいる私と同じ顔のはずのメイが、今日はとびきりの眩しい笑顔だ。隣で楽しそうに返事を返している頭山サトシ。彼の前にいるメイは、私たちには見せないような女の子の顔をする。いつから、こんなふうになったんだろう。昔はもっとサトシだって、メイと私を同等に見てくれていたはずなのに。


「・・・・・・・・・気づかなかった、だけなのかな」

「え?何なに、サキちゃん?何か言った?」

「あぁ、ううん。なんでもない」

「あっ、着いた。降りるぞ。メイ、忘れ物すんなよ」

「もぅ、サトシったら!そんな子供っぽいことしないもん!」


からかい、からかわれながら電車を降りる2人の背中を見て、危なく涙が出そうになった。そうだ。サトシは同じ顔の私たちでも、最初っからメイのこんな可愛いところをちゃんと見ていて、最初っからメイが好きだったのかもしれない。ただ、サトシは誰にでも優しいから、近くにいた私も一緒になって相手してくれていただけなのかもしれない。

クスリと笑った時、頭の中に浮かんできたのは、なぜかあの人で・・・。じゃあ、あの人・・・・佐藤スグル先輩は?

そんなの考えるまでもなく、今までも知っているとおり、佐藤先輩は私のことをメイの代わりとしか見ていない。サトシと比べるまでもなく、私のことを『牧原サキ』として見てくれたことなんて―――・・・。私が無理して倒れたとき、必死になって心配してくれて起きるまで手を握ってくれていたことも。私の辛い過去を話したとき、泣きそうな私を優しく抱き締めてくれて泣かせてくれたことも。

あれは全部、メイの代わりだから?メイと同じ顔だから?

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その瞳に映るモノ 第3話-②

今度の日曜日、つまり今日から2日後に本命の牧原メイと、2人だけとはいかないにしろ遊園地でデートをすることになった。邪魔なお荷物は、メイちゃんの双子の姉である牧原サキ。まぁ、こっちの方は俺の言うことを聞くから、なんとかなるが。一番邪魔で面倒なのが、メイちゃんの幼馴染であり恋人という美味しい枠に納まっている頭山サトシ。コイツをさっさと牧原サキに押し付けて、俺はメイちゃんとのめくるめくラブデートを満喫する予定だ。

あのままメイちゃんと話し込んでいても良かったのだが、ここは一度引いてみるのが恋の駆け引きってものだ。とりあえず、今は牧原サキの客人として牧原家に来ているので、牧原の部屋へと案内される。こうして今、さっきの会話をしていたせいで少しだけ冷えてしまったコーヒーを、黙りこくったメイちゃんの偽物の前で飲んでいるわけである。


「なに?言いたいことあるなら、言えば?俺、今ちょっと機嫌良いし」

「・・・・日曜日、本当に行くんですか?」

「俺は牧原メイちゃんを狙ってるんだよ。メイちゃんからの美味しいお誘いに乗らないでどうするんだ?まっ、そのまま美味しく頂いちゃっても、それはそれで御愛嬌ということで」


ニヤリと口元がつり上がる俺は、思っている以上に機嫌が良いらしい。うじうじとなかなか言葉を発しない牧原の前でも、なんとなくそれが気にならない。というよりも、どっちかというと牧原の方が怒っているような気がする。言いたいことがあるなら、言えっての。


「にしても、えらくユニークなご家庭にお育ちですねぇ、牧原さんは。でも、メイちゃんは気づいてないみたいだけどさ」

「メイには・・・気づかれないようにしてきましたから、この十数年間。私のことを『サキ』って、呼び捨てで呼んでくれる人は、サトシとあとは・・・叔父だけです」


ほんの少しだけ嬉しそうに話す牧原。コイツって、頭山の話しする時は嬉しそうな顔するよな。俺は冷めきったコーヒーをグッと持ち上げて、最後まで飲み干す。ん?あれ?今ちょっと、俺キレてないか?なんで?意味が分からないが、機嫌が悪くなっている。

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その瞳に映るモノ 第3話-①

時々、妙に心配になる。コイツは、このまま手を離すと一生帰ってこないんじゃないかって。簡単に人が人生を捨てる世の中。もしかしたら、これからコイツは1人で死んでしまうんじゃないか。

誰にも看取られずに、ひっそりと。



だるい身体を辛そうに動かして身支度を整える、この牧原サキを抱いてから5日。んで、コイツが倒れた日から2日が経っている。今日も今日とて、あの日のことがなかったことのように、空き教室へ呼び出して今は情事の後ってわけ。この数日間の間だけで、何度となく抱いた身体は俺が予想していた以上に開発されている。

今だってほら、俺がタバコをふかしながら制服を着始める牧原サキをじっと見ているだけで、俺の視線に気がついたコイツがビクリと肩を震わせて、恐るおそるこちらを見る。その顔は赤く火照っていて、さっきまで感じまくって泣きはらした眼、喘いで擦れた声が。


「・・・なん・・ですか?」

「ん?別にぃ~、エロイなぁと思って。その痕」

「え?・・ぁ・・ッ」


制服のブラウスでギリギリ隠れるか隠れないかのところにある、赤い生々しい痕。それに気がついた牧原は、必死になって隠そうとする。俺が何度も何度も抱いてやってるのに、相変わらずこういう反応は初々しい。分かっていてわざと、その場所に痕をつけた俺も俺だけどな。

いや、・・・・・あの日はちょっと違ってた。





2日前のあの日、生徒会室でコイツにフェラしろって言ってやった。最初っから別にどっちでも良かった。ただ、どんな反応するか見てやろうと思っただけだ。予想通り、コイツは泣きはらして「イヤだ」と言って動かなくなった。

舌打ちして、ふと窓の外を見れば、俺の本命であるコイツの妹・牧原メイが体育の授業中。変な感覚だよな。おんなじ顔した人間を別の場所で、同時に見ているんだから。元気に明るくダチと楽しそうに笑う彼女が眩しくて、気づかず頬が緩んでいたんだと思う。

その時、下半身に違和感を覚えて慌てて視線を戻すと牧原サキが、俺がさっき強制しようとした行為を自分から始めようとしていた。意味が分からなかった。さっきまであれほど嫌がっていたのに、今度聞けばどうだ。


『私、先輩に気持ち良くなって・・ほしいから』


牧原、あれはどういう意味で言ったんだ?俺を満足させれば、解放されると思ったのか?それとも―――・・・・・いや、それはないな。とにかく、やたらと必死だったのは覚えてる。当たり前だけど、テクだなんて言えないほど全然なってなかった。なのに、俺は感じてた。やっぱりあれか?顔がメイちゃんと似てるから、その前に本物を見たから?


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その瞳に映るモノ 第2話-③

誰もいない生徒会室で2人っきり。窓の外から聞こえてくる体育授業の声。生徒会長のイスに座った佐藤勝(サトウ スグル)先輩の目線は、さっきから窓の外に向いたまま。そんな彼を床に座って見上げる、不細工この上ないバカな私、牧原咲(マキハラ サキ)。

どうして、先輩はそっちばっかり見てるんですか?

力の入らない身体を無理にでも力を入れて、手を伸ばす。先輩のズボンのベルトを無言で外していく。その行為にようやく気がついた先輩が、驚いた声を出す。


「あ?・・・・・お前、なにやってんの?」

「・・・・・・・・」


ズボンのチャックを開けて、一瞬だけ迷う。今まで男の人のモノなんて見たことも、もちろん触ったこともない。私を勝手にやっていく行為に気づいても、先輩は止めるでもなく、メイの時とは違う冷めた眼で見てくる。本物の頬笑みで見ていたメイの時と全く違う怖い目線なのに、その目線の先が今だけでも私にあることが・・・・・。

最初から直接見ることは、さすがに無理だったので、とりあえず下着の上からそっと触ってみる。少し触っただけでもわかるその存在感と、熱い熱が伝わってくる。ここまで勢いで来たものの、これからどうすればいいのか分からなくて、変におろおろしてしまう。


「軽く握ってみろ」

「・・え・・・ぁ・・・こ、こうですか?」

「ん・・・もっと強くてもいい。そのまま上下に扱けよ」


ゆるく、その形に添って握ってみると硬さがさらにわかって気恥ずかしくなる。でも、それによって頭上の先輩の様子に変化を与える。ちょっと擦れてくる声、なにかを我慢するような眉間のシワ。その一つひとつに見惚れては、その変化を与えているのが自分だということに、無償に嬉しくなった。


もっともっと、もっと。そうすれば、先輩は私を――――・・・・・。

気がついたら躊躇っていた下着も、平気で下げていた。ずるりと出てくる男の人の象徴。知らずにゴクリと生唾を飲みんでいた。恐怖からじゃなくて、これからする行為そのものに。ゆっくりと慎重に顔を近づけていくと、その先のことを予測した先輩が私の頭を押さえて止めた。


「え?・・どうして?」

「どうして?ってお前なぁ。・・・・・別に無理にやってくれなくてもいいんだよ。どうせ、今しゃぶらなきゃ、俺が写真バラ捲くとか思ってんだろ?マジで嫌がってる相手にさせるほど、俺はサドじゃないって言ってるだろうが。だいたい・・・・・よく考えれば、こんなことメイちゃんはしないよな」

「・・・・・・・・」

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その瞳に映るモノ 第2話-②

ブルルル・・・・


食堂で昼食を食べ終わり、それぞれの教室に戻る廊下の途中、メイとサトシの背中を見ながら歩いているとスカートのポケットからの振動。携帯電話が知らせるそれは、喜びの知らせか、それとも魔窟への呼び出しか。そんなのわかってる癖に。妹たちに先に行っているように知らせ、2人の背中を見送った後、恐るおそる液晶画面を見る。


『生徒会室、来い』


たったそれだけの文字に、自分の存在意義の薄さを思わせるようで、目をぎゅっと瞑った。その場に行けば何があるか、誰が待っているか、それを考えただけで背筋に汗が伝う。





木目の厚い重圧感のある生徒会室の扉。校内では昼の授業がとっくに始まっており、私が立っている廊下ですれ違う人間はいない。天井に頭を向けて大きく一呼吸。ぐっと拳を握り締めて生徒会室の扉を、ゆっくりと開いた。

生徒会室の中には、夏の終わりを感じる昼間の逆光が差しており、生徒会長席に座っている人物は背を向けていて、その顔は見えない。接客用の長ソファが二つ、小さい机がひとつ、生徒会長用のデスクが悠々と置かれている。イスに座っている人物と、入口に突っ立っている私以外だれもいない。密室のようで息がつまった。


「遅いだろ・・・・・オネエチャン?」


くるりとイスが回転して、私を呼び出した張本人・佐藤勝(サトウスグル)が悪魔の笑みを浮かべて、こちらを見た。初めて抱かれてから3日目。その間、幾度となくメールで呼び出された。それは時間・場所関係なく、気まぐれもいいところ。そして、この人は私のことを決まって『オネエチャン』と呼んでみせる。私自身を『牧原芽(マキハラメイ)の、妹の代わり』と何度も戒められているようで、この呼び方は嫌だ。


「ッ・・・・・何か用ですか?」

「なぁ、それって口癖?なんか用がないと呼ばねぇし、何が用件かくらいわかってるだろ?」

「・・・・・・何をすればいいんですか?」

「・・・・・・・・おいで、オネエチャン」


差し伸べられる悪魔の右手。向けられる優しい頬笑み。それは罠、それは仕掛け、それは毒。今、目の前にある微笑みは、さっきまで妹に向けていたモノとは全然、質が違う。こんなニセモノなら、要らない。自分だってニセモノの癖に何言っているんだろう。自分の考えた事がバカらしくて、思わず笑みがこぼれた。


「なに、笑ってんだ?なんか楽しいことでもあるのか?」

「違いますよ。私って、つくづくニセモノなんだなぁって、ちょっと思っただけです。あなただって同じですけどね。あなたみたいなニセモノじゃ、メイの隣には座れない。・・・・・サトシには勝てない」

「・・・・・・・」

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その瞳に映るモノ 第2話-①

メイが陽なら、私は陰。2人で1つ、昔はそう思っていた。今は違う。私から離れていく、メイ。1人で何もかもこなしてしまう、妹。

でも本当は、昔っからそうだった。昔からメイに私は必要なかったんだ。私の後ろを付きまとっていたと思っていた、甘えん坊な妹。本当は私がメイに影に隠れて付きまとっていただけだったのに。




今はこの高校に入ったことすら、後悔している。家から一番近い学校だからと言って、双子の妹と一緒に入るのは良くなかった。少し遠くても、なんなら全寮制の学校にでも行けば良かったと今更な後悔。もう遅いのに。私は、妹のおまけでしかない。


生徒で賑わう昼休みの食堂。前方に座る仲睦まじい2人。私の前に座るのが、たった1人の姉妹、牧原芽(マキハラ メイ)。一言でいえば、その雰囲気から何からが可愛い。勉強も成績も私の方が上。しかし、私とは決定的に違う何かを、彼女はすべて備えている。天然で男の人からは、守ってあげたくなる存在。ふんわりしていて、常に明るく周囲に人が絶えない。

その隣が、頭山智(トウヤマ サトシ)。私たちの幼馴染で、メイの恋人である。活発で男っぽく、それでいて誰にでも優しい。サッカー部所属で、先輩からも可愛がられている。メイがサトシを好きになる前から、私がずっと思い続けてきた人。そして、私のことを『サキ』と呼んでくれる数少ない人。


「サキちゃん?サキちゃん?!」

「え?・・・な・・なに、メイ?」

「何じゃないよ!サキちゃん、さっきから全然お箸進んでないよ?また、食欲ないの?」

「・・そんなことは・・ないんだけど」


カレーライスのスプーンをこちらに向けながら、プンスカ怒る妹。彼女の言うとおり、見下ろした蕎麦はさっきから全く減っていない。今気がついたという様な表情をしてみせると、メイの隣で定食を頬張るサトシがため息をつく。


「そんなことあるだろ、サキ。最近、また痩せたんじゃないか?無理に食べろとは言わないけど、体力保つくらいは食べろよ?心配するだろ?」

「そうだよ!あたしくらい食べなきゃダメだよ、サキちゃん!」

「メイの場合は食べ過ぎ。太っても知らないぞ」

「えぇ~?そんなに食べてないよ、普通だよぉ?サトシのほうが食べすぎだもん!」

「俺は良いの。後でちゃんと消費してるから。メイも運動しろよな」


私の話だったはずの内容は、いつの間にやら2人だけの世界になっていく。いつもこんな感じ。これもこの学校を選んで後悔した、ひとつ。今に始まったわけでもないのに。こんなもの毎日見せられることを選んだなんて、私ってマゾの性質でもあるんじゃないかって苦笑してしまう。


「ん?あっ、スグル先輩だ!スグル先輩!こっちですよぉ!」

「ッ・・・・・」

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その瞳に映るモノ 第1話-③

夕焼けのオレンジとカーテンの淡いベージュとのコントラスト。2人分の熱が冷めきらない空き教室。床に寝ころんだままの牧原芽(マキハラ メイ)と、窓辺でタバコをふかす俺・佐藤勝(サトウ スグル)。先ほどまで情事に耽っていたという余韻を残すような、気だるい空気が充満している。

無理やりやった俺がいうのもなんだが、俺はそれほど鬼畜な男じゃない。情事後、ちゃんと牧原の後始末もちゃっちゃっとこなし、衣類も整えてやった。まぁ、半分服を着たままだったから、スカートのほうはべちょべちょになっちまったが。そんなこともあろうと、用意周到な俺は持ってきていたジャージを寝ころんだままの牧原に投げる。


「それ、着て帰れよ。その制服じゃ帰るのは無理だろ?」

「・・・・・・・どうして。・・・・どうして、こんなことするんですか?」

「は?何言ってんの?」


俺と反対側を向いた牧原の表情は伺えない。その声はいつも、ふんわかしている彼女からは、あまり想像できないくらい冷静で冷たいものだった。


「言ったじゃん。お前のこと俺のモノにするため」

「だったら、ちゃんと正面から向き合ったらどうですか?強姦なんて卑怯なやり方して。さっきも言いましたけど、先輩ならまともな方法でも、きっと好きになりますよ。・・・・・・・・メイだって、きっと」

「何言ってんの?お前」


意味もなく同じ言葉を繰り返す。牧原はゆっくりと重い身体を持ち上げ、床に座り俺が投げたジャージを眺める。なにか唐突に、どうしようもなく嫌な予感がした。手元のタバコから、灰がほろりと外の砂地に舞い落ちる。ふいに目に入った床に落ちた定期入れ。きっとさっきので牧原から落ちたものだったのだろう、それを窓辺から降りて拾う。

世界が逆転した。目を瞑りたくなるモノに、目の前の牧原は真実だと確定させる。


「私、牧原芽じゃないです。佐藤先輩」


泣きはらして赤くなった瞳がこちらを向く。その顔は正真正銘、俺がいつも見ていた牧原芽のモノで。でも、違う?どこが?そんなはず・・・・俺が、間違えるはず・・・・。手元に残った定期入れに入っていたのは、写真付きの学生書。


『大川高校一年  牧原咲(マキハラ サキ)』


目の前の彼女と一致する写真。頭に鐘が打ち付けられる衝動。


「私、牧原芽の双子の姉の、牧原咲です。ごめんなさい」

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その瞳に映るモノ 第1話-②

迫りくる夕刻の淡い光が、使われなくなった教室を照らし出す。少し埃っぽくなったこの教室で、俺たちは何をやってるんだろうか。一瞬だけ浮き上がった場違いな疑問に、心の中で蹴りをいれ、つばを吐いた。そんなこと、今はどうでもいい。

いまはただ、本能が赴くままに・・・。


「ん・・ふ・・・んんぅ・・んや・・・ふっ」


静寂のこの場所には、荒い呼吸と服がすれる音。それと、合わさった唇からもれる、水音とあえぎ声。俺はドアに押し付けた牧原(マキハラ)の唇を無理やり奪っている。必死に逃げようとする彼女を追い詰めて、奪い取りすべてを俺の色に染めていく。あわさる舌と舌が異様に熱い。時おりもれる彼女のあえぎ声が、俺の全部を煽る。キスなんて初めてでもないのに、今までになく興奮した。


「・・・・ふん・・んぅ・・・ん・・・はっ」

長い長いキスから解放してやると、離れた唇にいやらしい糸がはる。それをねっとりと舐めとってやると、牧原は大きく深呼吸を2・3度した。キスをしている時も思ったが、コイツ、全然なれていなかった。真っ赤になった顔を俺の方に無理やりむけると、うるんだ瞳と上気した頬がぶつかる。


「なぁ、おまえ。実はバージンだったりするか?」

「・・なっ・・・・・し・・しらない」


赤い顔をもっと赤くさせて、顔をそむける。やっぱりな。しかし、これは好都合だ。女ってもんは初めての男が、嫌でも印象強くなるもの。そのうえ、この状況。これから、服従させて遊ぶには好都合このうえない。牧原の腕をつかみ、木目の床に押し倒した。


「わっ・・・・いっ・・・」


強く押し付けられた牧原が、痛みを訴えたが気にしない。長いキスで力が抜けたのか、案外あっさりと押さえつけられた。まぁ、これでも俺はキスやセックスには自信がある。そのうえ、牧原はバージン。酔わないわけないだろ。押し倒した牧原のブラウスを乱暴に引きちぎる。小さく上がる悲鳴。


「なっ!・・・なにするの?!・・やだ、はなして!!」

「ああ、うるさい。その言葉、何回いえば気がすむんだよ。無駄だってことわかんねぇ?あんまり、うるさいと猿轡はめてもいいんだけど?」

「ひっ・・・・」


俺の目が本気だと悟った牧原は、急に大人しくなる。いい傾向だ。そのまま、あらわになった白い肌に舌を這わせば、驚きともう一つ別の声が聞こえだす。


「・・・・いや・・・ん・・・先輩、やめっ・・」

「にしても、ホント白いな、おまえ。これだけ白いと痕付けたくなる」


言うと同時に彼女の鎖骨をきつく吸い上げる。少し離れて見れば、赤々としたマークが浮かび上がる。牧原が自分のものだという実感がわき、想像以上の満足感。印の下の色気がない白いブラを取り去れば、小さすぎず大きすぎない形のいい膨らみ。


「ふぅん。何気に胸あるな、牧原。俺、デカすぎるのは嫌いだが、これくらいなら好みだぜ」

「・・やだ・・み、見ないで・・ぇ・・」

「はいはい。そんな潤んだ目で言われても、ギャ・ク・コ・ウ・カ。こっちはどうなってる?」

「ひぇ・・・そ・・そんなとこ!やっ!!」


いちいち大げさな牧原の反応にクスリと笑う。右手で彼女の胸を揉みしだき、あいた左手は下腹部へと向かう。状況をぎりぎりで判断した牧原は、初めて俺の手を止めようと行動的な抵抗に出た。もちろん、そんなものなんの影響もない。そうこうしているうちに、俺の手は目的地到達。今までに誰にも触れられたことがないだろう秘所。下着のうえからでも、ひっそりと湿っているのがわかった。

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その瞳に映るモノ 第1話-①

3日前のその日、たまたま彼女が職員室に呼ばれたことを知った。俺みたいにセンコーの説教を聞かされるためじゃなくて、ちゃんとした優等生の理由。だから、それを利用した。さぼり魔の俺にとって、誰も来ないような場所を探すのに時間はかからなかった。


職員室に行く道は、使われていない教室へも近い。見えないような場所で待ち伏せしていると、時間どおり彼女があらわれた。いつもどおり、白い肌に栗色の滑らかな髪。完璧な女。今は、ほとんど生徒が帰った放課後。今日は、職員会議のためセンコーも職員室に集まっている。この日、この時に牧原(マキハラ)を呼びだしたセンコーは天才だよ。よりにもよって、職員会議の前に生徒を呼び寄せるだろうか?まったくもって、バカだ。

何も知らず、平然と歩いて行く背筋のいい牧原を、背後にまわりこんで足音を忍ばせる。だてに教師の目を盗んでサボってきたんじゃない。彼女が気づかないように忍び寄るのは簡単だった。

そして、使われていない目当ての教室へ向かう廊下の曲がり角にさしかかったとき、背後から牧原を取り押さえた。


「えっ?!・・・ふっ・・・・」


一瞬の神業で、牧原の両手を捕え、叫ばないように口を塞ぐ。俺の存在に気が付いていなかった彼女は、あっというまには俺の手の中につかまった。出だしは順調。こんな簡単だとは、思わなかったくらいだ。


「ふ・・・・んん・・・んぐぐ」


なんとか、助けを呼ぼうとする彼女だが、今日は最高のコンディション。誰も気がつく者はいない。そのまま、廊下の角をまがり、お目当ての空き教室のドアを開け、牧原を中へ放り込んだ。段取り良く、事前に盗んでおいたカギで、今度は教室のドアを誰も入れないようにカギをする。もちろん、誰も出れないように。両手の拘束も、口を塞いでいた手も、ほどいたというのに牧原はこの現状を理解できていないのか、茫然として暴れようともしない。

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その瞳に映るモノ 序章


「お~い、勝(スグル)。また、きてんぞぉ」



かったるい4時間目の授業がやっとこさ終わり、安らぎの昼休みだと欠伸をしたとき、親友の間の抜けた声がきこえた。振り返れば、にやりと笑った楽しげな顔。俺はまったくもって、楽しくないというのに、コイツときたら。


「楽しむんじゃねぇよ、一郎(イチロー)」

「しょうがねぇじゃん。スグルがイライラしてんのみんの、すげぇ楽しいぜ」


似合わないウインクなんか決められて、俺は重たい溜息をつく。そして、俺をイライラさせる原因を、教室のドア近辺に見た。群がるようにドアからこちらをのぞく、化粧バリバリの化け物・・・もとい、女子生徒たち。2年になった今では、いやでもアイツらのお目当てがわかる。


「今日は多いなぁ。スグルのファンは。うらやましいぜ」

「どこがだよ。俺はあんなケバケバした女なんか興味ねぇよ。かなり萎える」

「そう言えるのは、モテル男だけだって。オレみたいな平凡人には、言えない贅沢ってもんよ」


本当によく言うぜ。確かに俺は、この高校でもちょいと有名なモテ男だが、イチローだってバリバリサッカー青年の男前なスポーツマンだ。試合の日となれば、他校からもイチロー目当ての女がこぞってやってくる。しかし、何気に真面目なヤツで、今付き合っている彼女とは中学生からの付き合いで、もう3年になる。イチローの女論を聞き流しながら、俺たちは昼飯のために食堂へ向かった。





「にしてもよぉ。スグルって、あんなにモテんのに、なんで女つくんないんだよ?」


学生で溢れかえる食堂で、手頃な場所を確保し略奪した昼飯をほお張りながら、イチローがつまらないことを聞いてくる。まぁ、イチローがそういうのも無理はない。比較的美人が多いと評判の、この高校に通いながらも俺は入学してから1人も付き合っていない。女遊びをしていなかったわけじゃないので、向こうが勝手に彼女きどりをしていた女もいたが、それは俺の中では完全に除外だ。遊びだと理解できない頭の悪い女は、嫌いだから。

続きを読む "その瞳に映るモノ 序章"

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