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4:無邪気に笑う 【聖籠庵】

4:無邪気に笑う



【聖籠庵】 保徳・伸太・双子



冷たい冬が過ぎて、暖かな春がやってくる。その温もりを含んだ日差しは、何もかもを包み込んでくれるようで、ほんわかとした空気で嫌なことも忘れさせてくれるようだ。そう、それは背中にのしかかる、見えない「影」という名の壁であっても。


「「にぃ!ちょうちょ、いるよ!」」


昔ながらの古くなった日本家屋の庭で、幼い2人が春の香りの中で駆け回っていた。縁側に座った僕は、楽しそうに黄色い蝶を指差しながらこちらの手を振る双子に、自然と口元を緩ませて手を振り返した。都会のど真ん中にあるこの家で、さらに似つかわしくない無垢な双子の2人は天使のように浮いて見えた。こんな光景を目の当たりにすると、いつも考えてしまう。

本当にこの2人を育てていくのが、僕で良かったんだろうか、と。


「そして思うんだ。あぁ、でも僕には頼りになるカッコいい男がついているじゃないか。そう、伸太(シンタ)という、とてつもなく大きな存在が。そう、僕には伸太しかいない!どこにもいかないで、伸太!」
「・・・・・・・そんなことは一言たりとも言った覚えはない。・・・・というか、その前にお前、いつ入ってきた」


ジロリと、いつも間にやら縁側の隣に座っている幼馴染を睨む。そこには思ったとおり、へらりとした顔が頬杖をついてこちらを見ていて、確認なんてしなきゃよかったと逆にこっちが落ち込む。伸太が我が家に無断で入ってくることなんて珍しくない。むしろ、ちゃんと玄関がから入ってきたときには、何かあったのかと驚いてしまうほど。しかし、幼馴染だと言っても毎日毎日、顔を合わせていなければいけないわけじゃない、と言えば。


「いやいや、やっぱ俺と保徳(ヤスノリ)って、3日と離れていられない関係じゃん?」
「いや、むしろ3日は離れていないと、次に会う時に暑苦しい関係だな」
「あ、ちなみにこれ、土産。じいさんが北海道に行ってきてさ」
「・・・・・・・」


僕が言った言葉は、完全スルーで自分のペースへと引き込んでいく、この性格には一々なにかを言うのも面倒になってくるものだ。とりあえず、渡された発泡スチロールに入れられた北海道海鮮詰め合わせは貰っておくことにする。

「それで、どうよ?2人との生活は。もう、慣れた?」
「まぁ、それなりに。だいたい、今まで1人で暮らしてきたんだし、小さい子供との接点もなかったから毎日バタバタしてるけどな。そっちこそ、どうなんだ?最近は」
「ん~、まぁ、それなり?」
「あっそ」


そこで会話が一度、途切れて僕たちの間には双子の笑い声と温かい春の風が吹き抜けた。きっと伸太が聞きたいことは僕と双子の日常風景だけじゃないこともわかっている。庭で何にもはばかれず楽しそうにはしゃいでいる双子の腕には、こんな幸せそうに生きる2人には一番、不似合いなものが刻まれている。

裏世界の王者・刀匠会(トウショウカイ)の証。ツバキの刺青。

どうしてよりにもよって、この2人なのだろうか。どうして、こんな無垢で無邪気な彼らなのか。幼い2人の中に「悪」という要素は存在しない。何も悪いこともしていない。なのに、なぜ?変われるものなら、今すぐにわかってやりたい。

また、いつものぐるぐるとした思考が頭の中を旋回し始めたとき、隣のほうから僕の額に微小な衝撃が落ちる。突然の出来事に眉を寄せながら、原因のほうへと顔を向けると腑に落ちないといった顔の伸太がいた。そして、その衝撃が伸太から僕へのデコピンだったことに気が付く。


「お前・・・なにすんだよ、いきなり」
「俺さ、最近の保徳、なんかヤダ」
「はあ?なに言ってんだよ。また、意味分かんないことを」
「だって、最近の保徳・・・笑わない」
「ぇ・・・・」


バカ伸太の子供が拗ねた時みたいな発言に、ほんの少しでも動揺したのは、きっとそれがほんの少しでも事実だったから。だけど、それは同時に今まで自分でも気づかなかったことで、確信が持てないことでもある。

自問自答。僕は・・・笑ってないのか?


「ほぉら、みろ。自分でも気づいてませんでしたぁって顔!」
「うっ・・・ぼ・・僕はいつでも笑ってる。双子に対しては。・・・自分に笑ってもらえないからってガキみたいなヤキモチやくな!」
「はいはい、ガキはどっちかなぁ」


いつも余裕な僕が伸太なんかに弄ばれていると思うと悔しくて仕方がないのに、挽回しようとすればするほど伸太のニヤリとした顔がグレードを増す。本当のところ、伸太の言うとおり最近の僕は自然と笑っていられるほど余裕がないような気がする。それは精神的な面が大きい。気がつけば暗いことばかり考えて、今のことなんか考えられなくて、何をするにも先のこと、未来のことばかり心配する。まだ、起きてもいない現象に怯えたって仕方がないのだけど、大事なモノが出来た途端、そればかり。

伸太の的を射た言葉に少し落ち込んでいると、双子の兄弟が僕たちのほうに走ってやってきた。


「「伸しゃん、来てたのぉ?」」
「おぉ、久しぶり。2人とも元気してたか?」
「「うん!げんきぃ!」」


同じような顔をして嬉しそうな笑う双子の頭を、大きな手で優しく撫でる伸太を見て、僕よりも2人の兄らしいような気がして胸が痛くなった。でも、そんな僕の心の中も、伸太はやっぱりお見通しで。眼をそらした僕の頭も、双子のときと同じように優しくなでてきた。

ビックリして伸太の顔を凝視したら、そこにはやっぱり優しい顔が笑っていて―――・・・。


「・・・・なんだよ」
「俺、保徳が言う通り、わがままだからさ。俺の周りの人間が、みんな笑ってないとイヤなんだ。だから、決めた!」
「なにを?」


そして、とびっきりの笑顔でバカ伸太は、こう言った。


「保徳を満開の笑顔にさせる!これ、しばらくの俺の目標!」


伸太のそれは、僕がしばらく忘れていたことだった。僕だって伸太と同じく、「みんなが笑っていられるように」と考えていた。でも、その願いのなかには「自分」も入っていなければならない。

「みんなが笑ってられるように」と願うのなら、まず「自分」が笑っていなければ。


「ばぁか、恥ずかしいヤツ」


眩しいくらいの笑顔とともに、双子の手の中にいた黄色い蝶が青空へと飛び立った。


             ○○○


十年後

艶やかに彩られた聖籠庵、3階の廊下。吹き抜けになったそこから、2人の女性が階下の賑わいを眺めていた。といっても、2人のうち1人は、まだ女性というには幼く、女の子というにしては不思議な雰囲気を放っていた。聖籠庵の西棟店主・徳永玲子(トクナガレイコ)と、用心棒の片割れ・一之宮美佳(イチノミヤミカ)である。


「それにしても。毎度のことながら、あの騒ぎには同じ大人として疑うところがあるわよね、ホント」


鮮やかで高級な着物を緩やかに着こなした玲子が、手すりに背中を預けて、横目で階下を見下ろしながら呆れたため息をついた。玲子が言った「あの騒ぎ」とは、1階部分で繰り広げられているいつもの宴会のことだ。毎度の如く、特別なにかのお祝いがあったわけではないが、一番騒がしいメンバーが集まると毎夜のようにこの状態になる。その中でも一番、騒がしいのが伸太と智佳(チカ)、そして不本意ながらの社長・保徳である。その隣で同じく、1階部を見下ろして優しく微笑んだ美佳は、静かに口を開いた。


「それでも、兄さんがあんなふうに笑えるようになったのは、この聖籠庵のみんなのおかげなんです。あたしはただ、それを感謝するしか出来ない。だから・・・・」
「確かにね。保徳は、私たちを店主に誘った時も生真面目な顔してね。全然、笑わないんだもの。最初はツマラナイ男だと思ったものよ。だけど、あなたたち双子と伸太くんと一緒にいる時だけは、ちゃんとした笑顔で話していた。あの笑顔を見たとき、こういう顔も出来るのねぇって思って、少し面白そうだと思った」


昔を懐かしむように話す玲子の話を聞き終えると、美佳は手すりに立て掛けておいた愛用の日本刀を手に取った。


「行くのね」
「・・・・・みんなが笑っていられるように。伸さんと兄さんが築いたこの世界を、今度はあたしが・・・守ります」
「そう・・・いってらっしゃい、美佳。そして、戻って来なさい。必ず」


玲子の言葉を噛みしめるように、手にした日本刀を強く握りなおした。もう一度だけ階下の家族の笑顔を心に留める。そして、美佳は聖籠庵を後にする。

小さい頃から大好きだった、無邪気に笑う義理の兄と双子の兄の、その笑顔を・・・・なにより、彼らとともいることで生まれる自分の笑顔を、守るために。


          お題目次

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