リアルフェイス 第一話⑤ 「タバコ」
早朝の靄がかかった日が木目を照らす。ほこりっぽいカーテンが少しだけ揺れて、埃がキラキラと光っている。清々しい冬の朝のはずなのに、全然気が晴れない。むしろ、心は落ち込むばかり。昨日から一睡もしてないのだ。
スゥ スゥ スゥ
おれの正面。黒板の下では、こんな場所に似合わない10歳の少年。なんの警戒もなく眠る少年を観察した。丸坊主にした頭、白のスウェットの上下、履き古した運動靴。昨日の夜、この教室に飛び込み潜んでいた、おれの前に不意に現れたのだ。最初は、幽霊かと思い飛び上ったほどだ。
『あれ?お兄ちゃん、何してるの?』
昨日のコイツは、まるで近所のお兄ちゃんに会ったかのような無邪気さ。気が抜けた。
『え?僕?僕は健太(ケンタ)っていうんだ』
ケンタと名乗った少年。なんでこんなところにいるのだと聞けば、ケンタは孤児らしい。早くに親に死なれ、今は施設に住んでいると。
『うん。でもね、施設ってつまんないんだ。だから、時々抜け出して探検するの』
今みたいに1人で3、4日ゆくえをくらます。そんなことをして施設の人が心配しないのかと聞けば・・・
『大丈夫だよ。だって、前に1か月くらい帰らなくても施設の人、警察に連絡もしてなかったし』
10才の少年が1か月も、ふらふらしていたこともイタダケナイが、警察に連絡しなかった施設も施設だ。本当に形だけの保護者なのだろう。そうして、ケンタは今まで何度も外で寝泊まりしているのだ。よくもまあ、事件に巻き込まれなかったことだ。いや・・・・・今回は巻き込まれたのかもしれない。
「・・・・・・ん・・・・んん」
ケンタが身じろぐ音に、ハッと現実に引き戻された。ここにきて2日目。廃校になった高校は、今までは廃墟になり果てている。誰かが見回りに来たりもない。秘密基地として子供たちが入ってくることもなかった。ケンタは例外だが。しかし、誰も来ないからと言って、堂々と火を付けるわけもいかず、この寒い風が吹く冬には少々心細い。
「・・・・・・ん~、あれ?・・・・もぅ、朝?」
「あぁ、朝だ。起きたか、ケンタ」
眠そうに瞼を擦るケンタに、出来るだけ明るく話しかけた。本当は、そんな気分ではないんだけどな。すると、予想通り、眩しいほどの笑顔がこちらを向く。
「おはよう、タケルお兄ちゃん!」
「・・・・おはよう」
タケル・・・か。元気一杯のうえ、幼いながらに勇気のあるケンタと違い、弱虫なおれはケンタにさえ本名を伝えなかった。純粋な心で接してくれているケンタへの裏切り行為のような気がして、胸がギリギリする。
とっさに口をついていた『タケル』という名は、おれの親友の名前だ。どうしてタケルの名前が出たのか、自分でもわからない。・・・・いや、本当はわかっている。あの時も、今も、俺の頭の中には『タケル』が渦巻いているのだから。それは、おれを責めるような声、失望した瞳。
全てが、怖い。
「タケルお兄ちゃん、お腹すいてない?ちょっと早いけど、朝ごはんにしようよ」
「あ・・・あぁ、だけど金。・・・・いや、これ使えよ。ケンタ」
寝起きだというのに跳ねるように立ち上がったケンタが、日常的に言う。おれは慌てて、ズボンのポケットから金を探る。と言っても、出てきた金はジャラジャラと音を立てる類(たぐい)で、どう考えてもコンビニでパンを2つ買えればいいとこだ。10才の少年に小遣いもやれないおれに、自分にため息が出る。しかし、ケンタはそれを可笑しそうにクスクス笑うと、おれの金は受け取らなかった。
「大丈夫だよ。僕がちゃんと食料もらってくるから。もちろん、タケルお兄ちゃんの分も!」
「え?でも、どうやって・・・・」
「いいの、いいの。お兄ちゃんは、もうちょっと寝てて!んじゃ、行ってきま~す!」
「え?ちょ!おい、ケンタ?!」
引きとめようと手を伸ばした時には、もうケンタの姿はなかった。風みたいな去り方だな。行き場をなくした右手が宙をただよう。その様子を他人事のように見ていたおれは、ほんの少し昔のことを思い出して、知らずに涙が伝っているのを感じた。
もう、あのころには戻れない。もう、親友は・・・・・『タケル』はいないんだ。
×××
通り過ぎていく深夜の東京でのネオンたち。手をつないだカップル、呼び込みの業者、怪しい闇取引。ムソウから借りた黒塗のベンチを走らせながら、過ぎゆく光景をなんとなしに流し見ていた。
『東京は、なんでもあるけど、なんにもねぇよ』
昔、誰かがそんなことを言っていたような。頭の片隅に浮かんで消える。着飾ることで本当のドス黒い本体を隠す東京と、後部座席で横になり静かな寝息をたてているアオを見比べた。何もない、ありのままのアオが妙にキレイに見えるのは気のせいだろうか。
『リオ、私の愛車を連れていきなさいな』
『ちょい、ムソウさま?キズでもお付けになったのか?アタシがぶつけたついでに、自分が付けたキズも押し付けようって、魂胆?』
『失礼ね、リオ。私は純粋にリオの足として、貸してあげようと思ってるのよ。今回はアオも一緒なんだから、車の方がいいでしょ?それに、リオ程度に貸すのは、私の車の中でも最低ランクに決まってるでしょうが』
『・・・・・さいですか』
『あ、最低ランクだからって、キズ付けるんじゃないわよ』
『・・・・・あいです。アネサン』
ついでにムソウに車を借りたときのエピソードを思い出す。アネサン、最低ランクつっ立って、これ300万相当のベンツですぜ?ちなみにムソウのお気に入り類は、どれもウン千万とかなんとか。まぁ、そんな手の届かない車に、ヨダレを垂らして寝れるガキも、相当な根性だから仕方がない。その上、常識知らずのガキンチョなのに、なぜがムソウのお気に入りだから、いただけないのだ。
「んん~・・・・苦しゅうないよ、リオちゃ~ん・・・・・へへへ、こっちおいでぇ~~・・・・」
「・・・・・・・」
後部座席から聞こえてくる15才にあるまじき、オヤジな寝言。なんの夢を見てるか知らないが、変なネタに人を使うのは止めてほしい。だいたい、どんなオヤジ的シュミだ。最近、気づいたがコイツ、絶対ドSだ。あぁ、きっとアリアみたいな変態と一緒に暮らしたりしているから、余計に悪化の一途を辿っているんだろうな。
「なんだろ。アタシ、将来アオに喰われる気がする・・・・・」
ふいについ出た言葉のあまりの恐ろしさに、身震いしてはハンドルをギュッと握ってしまった。そうそう、こんな時こそヤニ摂取しないと。タバコ独自の感覚を思い出して、うっとりする。よくよく考えれば、アオの準備を待っていたせいで家を出るのが遅くなり、ステーキ店についたのが夕方。そして、ムソウ大先生によるご説教込みで、事務所に2時間半。その間、1度もタバコを吸ってない。普段のアタシにしたら、考えられない奇跡的確率だ。
「タバコ、タバコっと。・・・・・・・あれ?」
車を信号で止めている間に、常にタバコを入れているスーツの内ポケットを探り・・・・・・顔がひきつった。家から新しいまっさらのタバコを入れてきたはずなのに、その箱が妙に軽いのだ。慌てて箱を取り出し、蓋を開けて唖然とした。そこに入っていたのは、ぎっしりと敷き詰められたタバコではなく、・・・・・たった1枚のメモ用紙。
『アンタ、ガキの癖にタバコ吸いすぎ!少しは禁煙しなさい!』
今日、1番の深いため息とともに、額をハンドルにゴツンとぶつける。その見覚えのありすぎる文字は、間違いなくムソウ様の執筆であらせられ。頼むから忠告だけにしてくれ。何もご丁寧に中身を取って、箱だけ返してくださらなくても・・・・・。
「うぅ・・・ヤバイ、泣きそう」
「・・・・・えぇ?・・・・リオちゃんたら、だいた~ん!・・・いいのぉ~?」
もう、やだ。コイツ、捨てたい。いや、でも、この繁華街に放り出しても普通に帰ってきそうだからムカツク。なんでこんなに憑いてないんだ。仕事ミスるは、ムソウに説教されるは、あげくはタバコもパクラれ、ドSのガキの変な夢に登場させられるはで。もう、なにがなんだか。泣いちゃいそうですよ、リオさんは。
「とにかく、そこらでヤミ買わないと!このままだと、こっちが灰になっちまう!」
「もぅ・・・・仕方ないなぁ、リオちゃんは・・・・・もうちょっとだけ・・・だよぉ?」
「だぁ!もう!!だまっとけ、ガキ!犯すぞ!」
気の立ったアタシの叫びも、寝つきの良いアオには全く届いておらず。ミラーに映るコロンと寝ころんだアオは、何やら幸せそうな・・・・・もとい、いやらしい笑みを浮かべて寝入っている。こちとら、タバコがなくてパンクしそうだってのに!青になった信号に車を急発進させ、タバコの自販機を探す。こんな夜の繁華街。自販機はわりとすぐに見つかった。
後部座席で寝ているアオを確認して、自販機の前にベンツを止める。自販機の前には先客のセルシオが止まっていので、そいつの前に止め財布を握っていそいそと車を降りる。セルシオの持ち主であろう20歳前半の茶髪男は、ノロノロとタバコを選んでいて、アタシにとったらイライラして仕方がない。
「あ~、・・・・悪いけど早くしてくんねぇ?」
待ちきれないあまり、ブーツでコツコツと地面を叩いてはイライラ感をアピールする。すると、ようやくアタシに気づいたのか、男はボタンを押してタバコを取り出すと、振り返りアタシを前にとおす。よく見るとなかなかイケメンだが、チャラチャラしていて趣味じゃない。
「どうぞ、お姫さま」
「・・・・・どうも」
姫なんて気色の悪い単語に少々引きつつ、金を入れてお目当てのタバコを探す。たどり着いた時、やっとタバコが!と思ったのに・・・また落胆。ボタンには『品切れ』と書かれた赤い文字が、煌々と輝いている。肩を落とすアタシに、背後からクスリと笑い声が聞こえ、睨み振り返る。
「おっと、ゴメン。あんまりにもカワイかったから、つい。怒った?」
「別に。どうでもいいし」
「へぇ、つれないんだね。俺のこと見ても、無反応だなんて珍しい。俺、これでも売れっ子ホストなんだけど」
「あ、そう。だから?」
興味ないっていうあからさまなアタシの態度に、何が可笑しいのかヤツはクスクスと笑い続ける。ホストねぇ、たしかに水色系のスーツも高級そうで、時計はブルガリか。まぁ、そんなことはどうでもいい。ここにお目当てのタバコがないとわかった以上、ココにコイツに用はない。車に戻ろうとするアタシの腕をホスト男が掴み引き留める。
「なに?急いでんだけど」
「ねぇ、これでしょ?探してるのは」
「はあ?・・・・・あっ・・・」
「クス、欲しい?」
にこやかに微笑むヤツの片手には、アタシが探していた目当てのタバコが。アタシの目の前でブラブラと見せつけられるタバコの箱に、思わず素直に「欲しい」という言葉を言いそうになる。しかし、そこでハッと我に帰り、掴まれていた腕を振り払った。
「あれ?いらないの、これ?さっき押そうとしていた銘柄でしょ?俺もコイツの愛好者なんだよなぁ。よかったらあげようか?・・・・・これ」
「なに考えてんだ、アンタ?」
「う~ん。まぁ、俺も男だし?金髪美女も悪くないなぁって。そのサバサバした性格もクーリンヒット!どう?」
「・・・・・あほらし。悪いけど、アホは1人で十分。・・・・・ったく、アタシのまわりって、なんでこうも意味不明なヤツばっかりかな」
ホント言えば、タバコが欲しくないわけがない。だけど、どうも気が進まなかった。罪悪感とか良心とかじゃなくて、直感的に嫌な感覚だったんだ。
「いいじゃない。貰ったら?リオ」
・・・・・・やっぱりな。この感覚だよ、さっきのは。ベンツの後部座席の窓が開いて、フッと笑ったアオが顔をのぞかせる。アオの漆黒の瞳はアタシを見た後、ホストの男を捕え、目を細める。
「ねぇ、お兄さん。そのタバコ、リオにあげてくれない?彼女、気がたっちゃってて。お兄さんとも、まともに会話できないんだよね」
「それはいいけど。・・・・・キミ、彼女の弟くん?じゃないよね?似てないし」
「まぁね。リオちゃんとは、寝食共にしてる関係。だから、あんまりオイタしないでね?」
「ふ~ん、ま、いいけど。キミに頼まれて、これを渡すなら見返りが欲しいな」
「OK.じゃあ、それをくれたらリオとのデートも考えなくもないよ」
「そのデートって、ベッドインもあり?」
「もちろん」
「よし、乗った!」
おいおい、本人を差し置いて勝手にアタシを取引するな。アタシはアオのモノでもないし、ましてや勝手に取引していいもんじゃない!つーか、アタシはタバコと同等かよ?!まぁ、アタシにとっちゃタバコはものすごく大事ですけど。それに、アオと寝食共にしてるって言っても、同じ家に住んでるってだけで、一緒に寝たりなんかしてない!
「あ~もう!なんでもいいから、そのタバコよこしな!んで、どっか行け!ついでにアオも黙っとけ!」
「こらこら、リオ。カツアゲみたいになってるから。カワイイ顔が台無しだよ。それと、お兄さんとはもう少しお話しするから。いいよね、お兄さん?」
「もちよ。リオちゃんと遊べる機会なら逃さないって。あそこのファミレスでも、どう?俺、奢るし」
「ん。じゃあ、決定!ささ、リオ。お車出して。あ、お兄さん。心配しなくても、ボクがちゃんとリオを逃がさないように見張ってるから!」
「おぉ、サンキュ!」
人様をよそに、ハイタッチなんか決めてくれてる、バカ2人。どう考えても、巻き込まれてる・・・・・。しかも、目当てのタバコはファミレスにつくまでオアズケ。本気でイライラも最高潮だというのに、後ろの優雅なガキは、「良かったね」なんて笑いかけてくる。変な放置プレイのうえに、3Pかよ!アタシは断じて、マゾじゃないぞ!!
しかしながら現実は、泣く泣くファミレスへ車を走らせる自分がいたりして・・・・。クソッ!タバコの業者!もっと在庫、置いとけ!
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